【2025年末】<法語> これからが これまでを决める

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これからが これまでを决める

藤代 聴麿(ふじしろ としまろ)

 

 どんな家に生まれたか。どこの学校を出たのか。どんな職場で、どんな地位にいたか。どんな資格を持っているか。社会における人間の評価は、およそ履歴書で判断されます。学歴や、経歴を誇れる人は、世間の期待を受け、大手を振って道を歩けますが、誇れる学歴も経歴もなく、つらい過去を持つ者は、差別に満ちた格差社会の中で、絶えて生きるしかない現実があります。世間の常識から言えば、「これまでが、これからを决める」のでしょう。

 

 しかし、よくよく考えてみると、もし、履歴書によって未来のすべてが本当に決まるのなら、優等生しか助からないことになり、仏教が目指す万人平等の救いは、成り立たなくなってしまいます。

 

 親鸞聖人は『教行信証』「行の巻」(聖典第2版209P)に、

「大小聖人(だいしょうしょうにん)、重軽悪人(じゅうきょうあくにん)、皆同じく斉(ひと)しく選択大法海(せんじゃくだいほうかい)に帰して

念仏成仏(ねんぶつじょうぶつ)すべし」と、示しておられます。偉大な聖者も、立派な人も、極重悪人(ごくじゅうあくにん)も、ちっぽけな悪人も、助かる道は、ただ一つ、如来が選択して下さった功徳の大法海に帰して、念仏して仏に成る道しか無い、と示しておられるのです。

 

 『正信偈』には

「等覚(とうがく)を成り、大涅槃(だいねはん)を証することは、必死滅土(ひっしめつど)の願成就なり」と謳われています。すべての衆生が等正覚(とうしょうがく)<如来に等しい覚(さと)り>を成り、大涅槃を証することができる根拠は、個人の努力にあるのではなく、如来が必死滅土の願を成就して下さったからだ、と示されました。

 

 人生は、過去で決まる、と思い込み、過去を悔い、現在を苦しみ、将来はどうなるのだろう、という、誰もが抱えている不安を、根底から払拭して下さったのが、親鸞聖人の先のお言葉です。

 

 自力を頼み過去の経歴にこだわる心を棄てて、念仏申す身となれば、この先何があろうと、必ず浄土に生まれ、仏と成る事を約束された人生を、共に生きて往ける、と信じられる世界が開けます。人生は未来によって決まる、という現在を賜るのが、浄土の証です。「必ず滅度<浄土>に至る」という、確かな未来を、疑いなく信じられると、すべての後悔、苦悩、不安が、御恩に変化します。

 

 苦悩の過去が無かったら、浄土を願う身には成れなかった私です。つらかった過去も、現在の苦しみも、未来への不安も、すべてが、私を浄土に向かって歩ませる、無くてはならない動機だったのです。そのことに頷けば、後悔と苦悩と不安に満ちた私の生活が転ぜられ、精一杯努力せずにはおれない、報恩の生活が始まるから不思議です。

 

 この法語は、わずかに13文字で、浄土真実の証を表しています。仏教用語を用いずに、聞く者が、深く想いを回(めぐ)らし、なるほどと、頷き、過去の束縛から解放され、明るい未来に向かって歩み始める現在を賜る、深い不思議な言葉です。

 

 「信に死し 願に 生きよ」と示された曽我量深(そがりょうじん)先生の言葉と同様に、聞くものが、永遠の未来に向かって歩み出す、力を賜る言葉です。

 

 藤代先生は、明治44年福岡県田川郡糸田町の伯林寺の生まれで、日中戦争からの帰還後、お寺を弟様に託し、京都に移住されました。曽我量深先生がGHQから公職追放処分を受けられると、大谷大学の職を辞し、曽我師の随行として、伝道の旅を続けられました。平成5年4月、旅先の江田島市明慶寺で、82歳で入寂されました。

 

 従軍体験の苦悩を縁として、寺を出て、住職を辞し、一生かけて曽我先生の教えを聞思(もんし)し、洗濯の大法海に帰して、念仏成仏された藤代先生の遺教が、この法語です。

 

 

今日のことば 2026 表紙

樋口 不可思(ひぐちふかし)

九州教区八女組

浄圓寺住職